『スライドを見る集い・津村さんを囲んで』を行いました 2014.4.15
今回の『スライドを見る集い』はサブタイトル『津村さんを囲んで』とし、ご自身がカメラを手にされて多くの写真を残されたものの中から抜粋をしてご覧頂きました。
加えて、『萩の生き字引』と私たちは通称させていただいていますが、現在86歳の年齢を疑う程の記憶力に驚かされました。
また、これが正当な萩弁と言う感じの語り口調に安心感や温かさを感じ、会場は和やかさに包まれていた様でした。
大して広報もしていませんが、今回のご参加頂いた方々はこれまで以上でした。
予定時間を少し超えても用意した件数の2/3程度に終わり、「是非今後その続編をやって欲しい」との感想も寄せられる程に、開催する側にとっても嬉しい評価でした。

今後の計画もありますが、津村さんのご都合を含めて現在のところ、11月の実施で検討したいと思っています。

古写真を見ながら、今記憶ある内に色々な情報を聞きたい。新たな発見をして皆さんと情報を共有したい。そしてそれらを後世に繋いでいきたいとの想いでこの『スライドを見る集い』を続けております。
加えて、各家庭にあるアルバムは身近な文化遺産ですが、それらのデータの提供を受けつつ、後世に引き継ぐ活度を続けたいとも思っています。

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春日神社と言えば多くの方が「春日の競馬」と思い出を語られるように印象が強いものだった様です。神社の春の大祭時に「奉納競馬会」として馬車組合が催されていましたが、馬が次第に減って昭和27年に開催できなくなった様です。
その後春日神社1125年祭の記念として総代会から防府競輪を招聘して競輪が行われたが、自動車練習場となった道は凸凹があって不平が多く取り止めとなり、その後自転車組合が競輪を開催しこれも2、3回で取り止めとなった様です。
昭和37年10月に萩自動車学校が、江向の旧萩高等学校南校舎跡に開校、翌年に校舎を新築し学校の設備は逐次整い、舗装コースの施設が出来までの間に、この神社境内の馬場は自動車練習場として使用されて後に整地して後、保育園へと時代とともに変遷した地でありました。

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市内を記録された貴重な写真も数々あり、いずれも選択する方が難しい作業。でも「ここは何処だろう?、何時頃かな?」と想像しながら楽しくもあり。多くの方々にもきっと懐かしく当時を思い出されることだろうと期待もしています。
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# by NPOmachihaku | 2014-04-24 15:24 | 学芸サポート・古写真班
萩博物館企画展「ふるさとの島、ふるさとの山河」展に関連参加して
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# by NPOmachihaku | 2014-04-15 10:26 | 学芸サポート・古写真班
『一枚の古写真』2014・3月の報告と4月の課題
今回の課題の写真は市街地であったものの、意外と知られていない寺院でした。

別件で写真選択をしていた際に思いがけずに関連する写真が出て、いつも表現する点と点が結びつき線となっていました。
特に、4月に『スライドを見る集い・津村さんを囲んで』の元写真であります春日神社宮司・津村さんの写真の中にありました。開催日(4/15)が近づいてきましたが、当日にはきっと色々なエピソードを交えて楽しい思い出話が聞かせていただけると思います。<K>
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# by NPOmachihaku | 2014-04-11 14:25 | 学芸サポート・古写真班
『一枚の古写真』課題写真から新たな展開 
昨年(2013年)12月の『一枚の古写真』の課題は、元『四方館』その後『UFOビル』として親しまれた所をテーマにして紹介しました。 
http://machihaku.exblog.jp/20242132/)
それより前10月にこの建物が解体されることになり、当班メンバーのM氏と田町商店街振興組合連合会の世話人S氏との繋がりから、解体直前に当ビル屋上階からの撮影を許可され、実施したのが10月14日でした。

現在当地は更地になっておりますがご覧になられたでしょうか? 
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その場所に我々が撮った写真をお世話人の方から展示したいと申し出があり、メンバーの撮った写真の中から選択して提供することとしました。
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つい半年前のことですが、撮影した写真(東西南北の方向)を並べてみると、もう懐かしさが込み上げてくるようでした。
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今回のブログは以前と重複もありますが、その地の歴史的な記録と、更に懐かしい写真を加えての報告としました。(以下の写真は角川政治氏撮影です)
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# by NPOmachihaku | 2014-03-29 11:59 | 学芸サポート・古写真班
千葉県『松戸市博物館』学芸員との情報交流 (2014.3.20)
松戸市博物館より学芸員と市民ボランティアグループ帯同で来訪予定と聞き、双方の博物館を通して市民グループの活動状況の情報交換をし、相互に学び合う機会にと期待していました。
結果残念ながら市民グループの訪問はなく、山田学芸員の訪問のみとなりました。

今回の来館の経緯は、2011年10/29 周防大島交流センターでの『宮本常一没後30年公開シンポジウム』 に清水学芸員が現地で松戸市立博物館学芸員との交流で、萩博を中心に活動しているNPO活動に興味を持たれ、いつか状況把握にとその時期をと考えておられた様子です。
(2011年10/29 http://machihaku.exblog.jp/14882029/)
今回、松戸市立博物館開館20周年の節に今後の博物館のあり方を展望・検討されるにあたり、他の施設の訪問と併せての機会となったようです。
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当初、市民グループの来訪もありとのことで、清水学芸員の他、急きょ学芸サポートを代表して『歴史班』『民具班』『古写真班』の班長・担当理事等で対応をとお待ちしましたが、学芸員お一人は少々残念でした。
また、松戸市立博物館に関係された市民グループは『友の会』の組織で、館を中心とした活動の関わりがありますが、ほぼ自主活動で運営されているようです。
それら含め情報交換とまで行きませんでしたが、自分達がこれまでどの様な目的と情熱を持って活動してきたか、そして今後どう活動を進めていくかと言う考え方の整理になったことは確かで、今後のNPO萩まち博の活動の前進に向けて考える機会を与えて頂きました。
また、当方も機会あれば、他地区の活動にも学びたいものだと思います。

松戸市立博物館次のアドレスをご覧下さい。
http://www.city.matsudo.chiba.jp/m_muse/index.html


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# by NPOmachihaku | 2014-03-28 14:41 | 学芸サポート・古写真班
『一枚の古写真』2014・2月の報告と3月の課題
今回の一枚は市街地から離れた場所の選択でした。
周りの情報が色々と多くないと判断が難しいものです。
写真が撮られた時どの様な目的があったのか、どんな気持ちでシャッターを押されたのか殆ど解明せずに場所の特定のみに終わっている現実です。
今回醸造元から『水』がキーワードとなって、疑問や想いが膨らんだストーリーとなりました。
疑問は解けないままですが、越ケ浜に於いて江戸時代から水に対する苦労は史歴に残るところですし、関連する『嫁泣き節』についてあらためて気持ちを入れて歌を見つめてみました。
民謡として伝承されていますが、何と昭和期に郷土史家故田中俊資が取材作詞との紹介がありました。先輩には中学校時代の校長先生であり、運動会で踊りも踊った記憶があるとのことでした。
色々な記憶や、伝えたい想い出や話題も沢山あると思います。
埋もれて無くなる前に是非に沢山のことを教えて頂きたいものです<K>
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# by NPOmachihaku | 2014-03-20 09:34 | 学芸サポート・古写真班
『スライド上映会・湖底に沈む古里』(水没地区交流会)3.15実施
1月に引き続き阿武川ダムに水没した地域の方々を中心としたスライド上映会でしたが、以前からお世話して頂く方との意思疎通の不手際があって呼び掛けが不十分となり、これまでの参加者が欠席と言う寂しさとなりました。
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今回も思いがけずに新たな出会いがありました。
非水没地区の足山と言うことでは話題にならず、以前から気になっていながらその状況について全く存じないことでした。
今回偶然にも意が通じたのか、その地区の出身者があり、先頃より大変お世話になっているOさんの働き掛けで、既に当地・足山地区の住宅配置図が作成されていて、今回も無形のおたからが積み重ねられました。
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多少話をする中から足山では過去60世帯もあったようです。ダム工事頃には18戸になっていたようです。工事の中で物理的に付替え道路で道路整備はされたものの、生活圏が絶ち切れ地区全戸がその地を離れざるを得ない状況となった様です。
これまでにも工事による『光と影』を見聞きしましたが、特にこの足山地区の実情が表面化していないだけに、気になりました。
今後写真等もお借りして、水没・非水没関係なく古里を失った地区の存在を忘れない様に、記憶と記録を大事に引き継いでいきたいと思った今回でした。
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また、今回展示写真の殆どを記録された角川政治氏のご次男にも参加頂き「父親の撮った写真から当時を思い出し、沢山新鮮さを感じた。こんな形で写真を活用され父親もきっと喜んでいると思う」との言葉に自分達も大きな感激と励みを貰ったことでした。

更に活動として邁進していきたいと思っております。
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# by NPOmachihaku | 2014-03-19 16:14 | 学芸サポート・古写真班
『山口きらめーる』 取材協力 (2014.3.5)
 山口県総合企画部広報広聴課担当のweb広報誌『山口きらめーる』(登録会員県外1万人、県内6千人)への記事掲載のため、取材訪問がありました。

 『山口きらめーる』は広い意味での山口県の営業活動(広報誌)の一環と意識しましたが、その中の『頑張っちょる山口県人』欄に『NPO萩まちじゅう博物館』の紹介、その中でも現在開催中の企画展『ふるさとの島・ふるさとの山河』に併せ、関係する班活動の状況について清水学芸員と当班が代表して取材協力したもの。

担当からのインタビュー主題は
①これまでの活動状況
②活動を通して果たした成果
③今後の活動の展望
でした。
いざとなると中々言葉に難しさがあるものの、上手い話術に載せられて素直に応えられたかと想ってはいますが? 果たしてどの様な発表になるのでしょうか? 
発行は、3/14だそうです。次のアドレスをご覧下さい。
http://kirara.pref.yamaguchi.lg.jp/vol268/yamaguchikenjin/index.php

活動状況が色々に見える形の一つとして、情報発信の重要性を更に認識した取材協力でした。

☆ちょるるも記者の一人として参加しています。
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# by NPOmachihaku | 2014-03-11 14:11 | 学芸サポート・古写真班
第5回プロジェクト未来遺産 登録伝達式が2月7日に開催されました!
去る2月7日、第5回プロジェクト未来遺産 登録伝達式が開催されました。

これは、NPO萩まちじゅう博物館の「萩のおたからにみんなで親しみ、みんなに広めるプロジェクト」が、2013年12月9日(月)、公益社団法人日本ユネスコ協会連盟によって、第5回「プロジェクト未来遺産」として登録されることが決定したことによるものです。
伝達式では、日本ユネスコ協会連盟からNPO萩まちじゅう博物館に対し、登録証が授与されるとともに、応援金目録が手渡されました。
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登録証の授与の先立ち、未来遺産委員会委員である北海道大学の西山教授から、選考理由の説明がありました。
西山教授は、10月の視察の際に見学された古写真班の活動などにも触れ、

「今回活動現場を視察できた古写真をデータベース化している班の活動は、驚くべきものであった。萩という非戦災の旧城下町の人々の暮らし中から湧き出るように出てくる無数の古写真を整理してデジタル化する中で、その場所を現代のまちなかで同定し、萩の町の景色の変化をパネル化するなど、限られた予算の中でボランティアの方々が喜々として議論しながら毎日集まって作業をしている。何千枚という古写真が紡ぎ出す真の歴史にワクワクしない市民はいないであろう。博物館の学芸員が指導してはじめたこうした様々な活動が、信じられないほどすっかり自立し全く自発的な意欲の元で展開している。

 地域の身近な遺産を掘り起こし(再発見し)未来に伝えて行きたいと考える人であれば、本活動には誰でも関心を持つ(見習いたいと考える)であろう。奇をてらう部分は全くなく、粛々として日々展開している活動に話題性を問う必要があるのか分からない。

今日の歴史文化基本構想(文化庁)や歴史まちづくり法(国交省・文化庁・農水省)の展開にも見て取れるように、地域の遺産を生かしたまちづくりへのニーズは強いが、身近な遺産の再発見やそのデータベース化、市民への周知や官民協働による遺産保護と言った活動に行き詰まっているまちも多い。本活動は、地道であるが他のまちでできていないことを実現しており、まさにモデルとなり得る。」

とNPO萩まちじゅう博物館の活動全体を高く評価されていました。
そして、選考理由のまとめとして、

「おたから(文化遺産)を持つ地域の人々や若者や子どもたちも含めた市民と力を合わせ、萩のおたから(文化遺産)を守り、育て、伝えていくための具体的で発展性のある活動を通じて、人々のゆるやかなつながりを醸成し、萩まちじゅう博物館の取り組みを市民により広げていこうとするこの活動は、地味ではあるが、まさに全国のまちづくりで展開してほしいモデルとなりうるものとして高く評価できる。」

と説明されました。
その言葉は、会員のみなさんが各班で粛々と日々活動されていることこそが大切なのだ、と後押ししてくれているように感じました。
この他、萩市長や萩ユネスコ協会会長も来賓として出席され、NPOまち博の活動への益々の期待を込めたご祝辞をいただきました。

今回、プロジェクト未来遺産に申請した内容は、これまで約10年間進めてきたNPOまち博の活動を「基礎」に、まち博情報コーナーのリニューアル・質の充実を「鍵」として、地域の人々と交流を深めながら地域の情報を発信していこうというものですが、やはり、その第一歩として、会員のみなさんの活動をもっと市民のみなさんに知らせていくこと、個別の活動から興味をもってもらうことで「萩まちじゅう博物館」の取り組みを市民により広げていくことが大事なのだと再認識しました。

プロジェクト未来遺産への登録を取り上げたテレビや新聞記事をはじめ、萩ケーブルTVのNPO紹介シリーズや「おはよう朝日」での活動紹介などで、地味ではありますが、メディア露出も増えています。
NPO萩まちじゅう博物館の設立10周年を迎える今年、活動が客観的に評価されることで、自らの活動を振り返り、それぞれの役割や立ち位置と次のステップを考えるには非常によい機会になりそうです。
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# by NPOmachihaku | 2014-03-04 10:05 | NPO
『一枚の古写真』番外編『火力発電所』
昭和期のことをもっと知りたい、整理していきたい、そしてその事実を繰り返して伝えたいと、写真があるからそのきっかけとなり、色々なことを知ることが続いています。
しかし、見てきた写真の中には歴史的事実を知らないから気が付かない、或は見落としなどもあります。
今回の写真は正にそうでした。
ヒントは先に再発見の『クエン酸工場』で、何度も見ていた昭和初期の航空写真をあらためて見るとそれが写り込んでいた上に、新たな発見がありました。それが『発電所』を確認できたことでした。
大正4年(1915)に江向に萩火力発電所(蒸気機関発電所)が建設されると市史年表にもありました。
でも? 確かそれ以前に電気が点っていたはず? そんな今回の話題です。
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■余話 電力・電灯の歴史
明治43年(1910)1月 浜崎に火力発電所を建設し、翌年10月から萩・椿東・椿の地域に10燭光90銭、5燭光70銭(月額)で点灯を開始した。

大正4年(1915) 8.4 萩火力発電所(蒸気機関発電所)が江向に建設される。最大出力200KW。
昭和4年(1929)3月 廃止される。

昭和2年(1927)11.1 県営電気が萩電灯株式会社を統合する。土原540番地に山口県萩電気出張所が    開設される。

昭和8年(1933)11.21山口県電気局は木間の送電線工事を完了し、送電を始める。点灯を記念して木間小学校で祝賀会が開催される。
昭和17年(1942)4.1 配電統制令により、山口電気局など中国地方の電気局を統合して中国配電株式会社が設立される。これに伴い、山口県萩電気出張所は中国配電株式会社萩営業所となる。
昭和22年(1947)10.25電力事情が悪化し、一家一灯の励行運動が起こる。
昭和26年(1951) 5.1電力再編成により、中国配電株式会社は中国電力株式会社となる。これに伴い、中国配電株式会社萩営業所が中国電力株式会社萩営業所となる。
昭和46年(1971) 6.17椿字沖田に中国電力萩営業所が新築、落成する。

■電灯争議
 大正13年 萩・防府の両電灯会社は、このとき県営移管も拒絶したばかりか、料金の値下げにも応じなかったのである。このため萩電灯会社の需要者(戸数5300戸、1万5000灯)は、3月17日に萩町公会堂で「萩電灯需要者同盟」(会員2300人)を結成し、会社側に県営並みの値下げを要求して交渉運動を展開したが、会社側がこれを拒否すると、9月から料金不払い運動を展開するとともに、県に斡旋を申し入れた。

■余話 浜崎新町・中ノ丁の古写真   
この写真覚えていらっしゃいますか?   http://hagihaku.exblog.jp/19743419/
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これは2012年萩博物館企画展「コマーシャル100年 展で萩・再発見」の際に発表された写真です。
場所は浜崎新町・中ノ丁ですが、手前に電柱が一本立っています。電灯用の電柱で、
明治43年(1910)1月 浜崎に火力発電所を建設と年史にありますから、それ以降の写真と判断されます。(筋の先 (南方) には亨徳寺・海潮寺が拡大では見えました)
担当学芸員から聞いた話ですが「自宅を処分するので要る物があれば選別して欲しい」とのこと。
掛け付けると、この写真は既にホグ袋の中にあった物を見つけて、救われた一枚でした。
ご本人にはこれから将来にも必要ないと判断されたでしょうが、こんなに大きなおたからになっているのです。
どうぞ、簡単に処分しないで後世に引き継いでいきましょう。
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# by NPOmachihaku | 2014-03-02 11:40 | 学芸サポート・古写真班