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『角川写真その後・萩の今昔 その1』展示替え 1/28
今回市民活動センター『結』での展示作品は、角川氏が昭和30、40年代に撮影された写真のその後を
昨年定点で撮影して新旧対比しての『今昔写真』です。
(ご存知の方には先頃萩博物館で冬休み期間の展示していたものです)
『萩の今昔』として、もっと市民の方々に見て頂きたいと想い、これから何回か続けて展示することとしました。

展示替え時に『萩ケーブルネットワーク』の取材があり、恥ずかしながらインタビューを受けました。
「今回展示する動機は?」
角川写真の撮られた写真と現在と半世紀の違いを新旧対比の形で見て頂き「変わったところ」「変わってないところ」
「変わって欲しくないところ」を私たちと一緒に感じて頂きたい。

「古写真の活動を行ってきて感じたこと?」
 古写真は身近な文化的遺産であり、二年前の3.11震災では、自分達の住んでいた家やまち、
土地さえも失った方々の様子を報道を通じて知り、そこに暮らしていた証しは写真だけが物語り、
それさえ失ったら振り返ることが出来ない。写真が大切な証しですからもっと大事に保存・保管したいものです。
 現在デジタル化した写真は市民共有のおたからとして、展示や、依頼を受けて各地のサロンへ出前活動等しています。今後もその大切さを継承していきます。

大きくはこの二本の柱で内容はこの通りであったか自信はありませんが、放送予定は次の様です。

萩あれこれ』番組で次の放映予定の様です。
1/30・・17:00、19:00、21:00、23:00、
1/31・・5:00 7:00、9:00、11:00、13:00、15:00
2/2・・21:00 、2/3・・11:00、21:00、2/4・・11:00
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昭和期の萩の色々な通りや、建物などの写真はきっと懐かしさを込み上げてくれるものと思います。
お友達とご一緒にご覧頂くと更に話が盛り上がることでしょう。    
なお関連の『古写真で萩再発見』(スライドを見る集い)の次回開催は3月1日(金)の予定です。
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by NPOmachihaku | 2013-01-30 09:12 | 学芸サポート・古写真班
勉強会『萩の石碑』 (萩再発見)
萩市内には数多くの石碑類が点在しています。
何時、誰が、何の目的に建てたのか、その所在を明らかにしたものを目に触れる機会も少なく、
時折古写真資料を見る時その情報の処理に戸惑うことがあり、今回班として『萩の石碑』をテーマにした勉強会を行いました。
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石碑の写された古写真類を集約し、図書で紹介されているもの等を参考に、
何処に、どの様な石碑類があるのかを中心に整理を試みることにしました。
石碑に表記された内容を解読することは容易でないし、風化して文字が見えないものも多数あり、
可能な範囲と言う気軽さや、多分に中途半端な想定してのスタートです。
これまで「何処に、何が」と見えない石碑類の所在を多少見える形にする効果にはなりました。
これもまた、私達が意とする『萩再発見』であります。
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先ず、石碑に関し紹介された図書として次の様なものを参考としました。
(1)萩碑文鐘銘集 (所在一覧表)
(2) 萩の維新関係碑文拓本集(郷土博物館)
(3) 萩の史碑(一坂太郎著)

その他
(4)防長文学碑採拓行
(5) 続・防長文学碑採拓行


図書『萩碑文鐘銘集』の中では、「毛利家」「重臣能吏」「儒學」「勤皇」「書家書人」「醤家」
「兵家(武技)」「僧侶」「學館神社佛閤」「軍人」「教育家」「雑」「鐘銘集」と13項目に分けて
180余が紹介され、最終項の「鐘銘集」には梵鐘が記載されている。(昭和28年発行)
『萩の維新関係碑文拓本集』では、歌碑や記念碑等35件が記載。(平成10年発行)
『萩の史碑』では主に誕生地、旧宅地、施設の旧蹟の所在を記した碑が約80件紹介されている。(平成18年発行)

その他、『防長文学碑採拓行』等を見ると歌碑、句碑が多数です。
今回は、主に顕彰碑、所在を記した石碑を中心としての展開とし、今後引き続き整理を図ります。
※今回使用の写真は全て田中助一氏撮影(昭和40年代)されたものです
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by NPOmachihaku | 2013-01-29 14:24 | 学芸サポート・古写真班
『角川写真その後・萩の今昔 その1』 市民活動センター『結』で展示
私たちはこれまで市民活動センター『結』で4年間の展示を毎月行い、その回数が54回、使用した写真が約1000枚を越えました。 
その多くに角川政治氏の遺作を使用させていただいております。
今回の展示は先に萩博物館で冬休み期間大変ご好評をいただいた『角川写真その後・萩の今昔』を何回かに分けてご覧頂くこととしました。
(一部事前案内と変更となりました)

昭和期の萩の色々な通りや、建物などの写真はきっと懐かしさを込み上げてくれるものと思います。

お友達とご一緒にご覧頂くと更に話が盛り上がることでしょう。

『角川写真その後・萩の今昔 その1』
開催期間 平成25年1月末~2月末頃(水曜日休館)
会 場  市民活動センター『結』
内 容  角川写真(白:8枚)+現在写真(カラー:8枚)
なお関連の『古写真で萩再発見』(スライドを見る集い)の次回開催は3月1日(金)の予定です。
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by NPOmachihaku | 2013-01-21 14:07 | 学芸サポート・古写真班
江向 渡辺蒿蔵旧宅へ民具展示
昨年末、学芸サポート・民具班が渡辺蒿蔵旧宅に萩博物館収蔵の民具を展示しました。
冬らしく、ちゃぶ台の上に徳利と盃とちろり(燗つけ)、その隣には火鉢を置き昔の居間を再現しました。
その他には、タンス、蓄音機、おひつ、こて、針箱、くすり袋etc.を展示しています。
松下村塾に学び、長崎造船局(現三菱重工長崎造船所)の初代局長に就任するなど、日本の造船の発展に貢献した
渡辺蒿蔵の旧宅にどうぞお越し下さいませ。
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by NPOmachihaku | 2013-01-18 14:05 | 学芸サポート・民具班
『一枚の古写真』2012年12月の報告と2013年1月の課題
今回の課題は想像しても不明箇所で、解明の手掛かりとなったのは索引簿の「平安古・永田家」と言うことで、藩政絵図からの割り出しでした。
オリジナルの写真の建物はなく、基礎石の石組みは組み替えられていて、その立ち位置から見ても判定は難しく感じた。

道路の状況(平安古馬場丁と馬場横丁筋の構成)、反対角の塀の石組みが旧態であったこと、
手前(南側)が田畑であったことが決め手と言うことに。
藩政時代から三角州の中に大水が入り込んだ際、この平安古、江向辺りの田畑が遊水機能となっていたことを十分うかがわせた。
屋敷の石組みが道路より嵩が高いのは、水害時の建物浸水を免れる自己防衛策であったこともうかがえる。
藩政絵図を見つつその様な推測をした課題の写真でした。

今月の課題は班会時にメンバーからも殆ど「分かった」の声が出たように、割と分かり良い場所だと想像します。

皆さんにも是非色々想像して見て頂ければと思います。
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by NPOmachihaku | 2013-01-16 14:29 | 学芸サポート・古写真班
冬休み期間展示『角川写真その後・萩の今昔』展示・その後
現在開催中の萩博物館の企画展『コマーシャル100年 in 萩~城下町近代化のあゆみ~』の懐かしい時代を反映した、
チラシ、ポスター等ご覧頂いて、私たちが展示する写真展が丁度半世紀の間をタイムスリップする市内の状況を見ることが出来、
手前味噌ながら大変タイミング良かったと内心喜んでおります。

ご覧頂いている皆様の声に耳を傾けると「ワーー懐かしい」「昔はそうだったんだ」「惜しい!」「これ昔の市役所」・・等々、
多分多くが地元ご出身で懐かしくご覧頂けたと推測しました。
今後の活動も同様に継続して、また違った光景をご覧頂こうと考えております。

なお、今回の写真の中で「『旧市立病院』の位置が現在の撮影場所と違うのでは?」のご質問がありましたので、次の写真を加えて紹介いたします。
なお、展示に関してのお気付きを書き残して頂く配慮が足らなかった点次回に反映したいと考えます。
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正月期間を利用して撮影者角川氏のご家族(ご次男)が訪問され、懐かしい父上の思い出をご一緒に共有させていただきました。
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by NPOmachihaku | 2013-01-04 16:38 | 学芸サポート・古写真班
『自主活動発表会』の話題~12.25 
12月13日に行った研修班主催の『市民講座』に参加できなかった声が複数あったのと、
現在「萩物語事業」を担当している方々との情報共有をすることを意識して、
おせっかいながらその二番煎じの『自主活動発表会』として講座を行いました。
会員への呼掛けをしっかりすれば良いのですが、発表者の「記憶のあるうちに」が先行した今回、
師走でもあり用意した資料の半分が残部でした。
主に「萩物語事業」を進めるスタッフの皆さんとの情報共有を深められたでしょうか?
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ところで、先の『市民講座』でも話題にした土原の一角(松本小橋付近)、通称「松本口」にあったと言われる『番所跡(火の見)』について、
新たな再発見がありましたので含めての報告とします。

林茂香著の『幼児の見聞』に記載された、『番所』について、こんなことが書かれていました。
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その実情の橋本口は『八江萩名所図画』でもそれは見て取れました。先ずその解説図です。
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次に、れまで見落としていた(気が付かなかった)一枚の写真で見ることが出来ました。
それが次の写真です。『火の見』の所が現在の冨田屋旅館となるでしょうか。
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写真は古ければ古い程、その価値を高めてくれます。何故なら、当時を知らない我々には、その写真が大きな証しとなるからです。
古い物を邪魔にしないで活かす道を探しましょう。その一つとして、私たちが進める「萩市民共有のおたから」として加えさせて下さい。<KN>

当日の様子
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by NPOmachihaku | 2013-01-03 10:55 | 学芸サポート・古写真班