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市民講座「萩再発見・松陰門下生シリーズ『高杉晋作の生涯』
 研修部は、市民の皆様に萩の歴史・文化を再認識していただくため、あわせて「NPO萩まちじゅう博物館」の会員に、萩の歴史や文化に対する理解を一層深めて今後の活動に役立ててもらうため、「市民講座」を開設しています。既に’05年5月から9月までの第一期の講義や現地講習を終え、10月から2月までの第二期の講義を実施しているところです。 )

 研修部主催の「市民講座(第2期目)」の「萩再発見」のうち、「松陰門下生シリーズ」が ’06年1月14日(土)10時より、萩博研修室に於いて、一坂太郎特別学芸員を講師として行われました。当日は寒中とは思えぬ暖かさだったものの、あいにくの大雨で受講者の出足が心配されましたが、受講予定者の約半数18名の参加をみて予定通り行われました。

 講義は、永年に亘って高杉晋作の研究に携わり、維新関係の著作も多い一坂太郎萩市特別学芸員から、「高杉晋作の生涯」を、三つの大きな転機となった出来事を中心に、3回に分けて解説して頂くことになっています。
 今日はその第1回目として、晋作の誕生から松陰との出会いまでを、その時代背景や萩藩内の動向などを織り交ぜながら、詳しく講義していただきました。
 萩藩には、もともと身分・石高を問わず、優れた人材を登用する制度が早くから整備されていましたが、晋作が若くして藩の要路に受け入れられた理由はそれだけではありませんでした。代々藩政庁の重職を担うなど、幾多の功臣を輩出した高杉家は、萩藩にとって言わば特別な家柄でした。高杉晋作という不世出の軍略家の事跡を見る上で、立藩以来の萩藩の独特な藩風と共に、このような高杉家の由来を抜きにしてはとうてい理解できません。
 松陰から、『任意自用の癖あり(自分流に勝手に物事を解釈する傾向がある)』と評された晋作の闊達で奔放な生き方は、高杉家の藩内における位置と決して無関係ではなかったのです。
 しかし、だからと言って晋作はただその出自だけで藩内で重きをなしていったわけでは勿論ありません。後に松陰をはじめ多くの傑出した人物と出会う事によって、時代に対する鋭い認識と深い洞察力を身につけていったのです。松陰をはじめ優れた人物との邂逅こそが、晋作の生涯を決定付ける重要な役割りを果たしたと言っても過言ではありません。幕末という疾風怒濤の時代を、一陣の風のように足早に駆け抜けていった晋作の生涯は大変ドラマティックで、講義の後の受講者の感想でも、「人との出会いが一大転機になることの面白さ」が上げられていました。

 次回は1月28日(土)10:00より、松陰門下生となって以降の晋作の事跡を辿る事になっています。一坂講師が「三大転機」のうちの最も重大な転機として上げている松陰との出会い、更には上海渡航による西洋文明との出会いへと続きます。
by NPOmachihaku | 2006-01-17 09:48 | 研修班
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